コラム

わ 「わかりましたよ、了解です。」

「わかりましたよ、了解です。」
何回、利用者さん、いえいえ、ご家族の皆さんにお返事したことか。

「おらとこ」を開所してから6年、今年ほど悩んだことは無い。
きっと今までは軌道に乗せなければ・・・と、その思いだけが強く、恥ずかしい話ではあるが、利用者さんや、ご家族の気持ちにしっかりと寄り添い向き合ってこなかったのではないのか?
今回はコラムの終わりと、今年の最後に免じて、私の愚痴とも言える悩みにお付き合いいただけたら、幸いである。
そしてぜひ、助言や意見叱責など、ドンドンお聞かせいただけたら、新しい年に向かい一歩も二歩も前に進めるのか。
「おらとこ」の利用者さんが最近減ってきた・・・と、少し前に書いた気がする。
怪我が原因で入院したり、違う事業所さんに変わったりと、理由は様々であるが。
一人二人とそんな状況になると、「おらとこのケアやサービスが悪いのか?」「何か良くないことをしたのだろうか?」など、悪いほうに考えてしまう。
そのこと自身も悩みの一つではあるが、そのこと以上に悩むことがある。

「おらとこ」「おらとこ東」は、在宅を支える・・・が役割である。
要介護度5であろうと、要介護度4であろうと、「家で看たい」という方(ご家族)の気持ちに寄り添い、お手伝いをさせていただくのが一番だと考えている。
でも、でも、ここへきて、どんなに私達事業所がそう思い、考えても、一番の要のご家族が、「特養や老健に」との要望があれば、どうすることもできない。
でも、本当にどうすることもできないのか?
私は「特養や老健」が悪い、と言っているのではない。
上手く表現できないが、「家で最後を」という希望者が、70%~80%という昨今のデーターでの数字で言うと、その気持ちや思いを少しでも長く叶えてあげることは出来ないのか!
家での状況は想像できるが、とは言え家族の代わりにはなれない。
夜中の徘徊、せん妄、幻覚、失禁、昼夜逆転、など、家族にとっては大変なことである。
ましてや働き盛りの家族は、夜ぐっすり眠れないということは、仕事にも差し支える。
問題行動として捕らえるのではなく、ケアを教えてくれる示唆行動と捕らえる、という考えが言われているが、なかなか難しいことである・・・と、私は思っている。
理屈ではなく、毎日の生活にかかってくるのである。
だからこそ、在宅ではなかなか厳しいものがある。
とは解っているけど・・・だから悩み続けている。
皆さんのところではどうですか?
何かいいアドバイス、ありませんか?
私は説得するのではなく、納得するということで、ことを進めることができたらいいなあ~と思っている。
本人、家族、私たち、共に悩み苦しんで、「その人の人権を守り、その人らしさを最後まで」守り通してあげるには・・・・。
「おらとこ」「おらとこ東」を離れていった皆さんの、笑顔が忘れられない。
どこで生活されようと、その人の人生がいい人生であれば、喜ばないといけない。
頭では解っているが、どうも胸が苦しくなる。
6年間の間に、多くの方とお別れをした。
亡くなられた方、事業所を変わられた方、様々であるが、懐かしい写真を見ては、いろいろと当時のことを思い出す。
この仕事をしている限り、悩みは尽きないのかもしれない。

私は何を伝えたかったのだろうか?
退院を控えた利用者さんが、入院前と変わらない状態にもかかわらず、転院してしまったショックが抜け切れていない。
とても素敵な笑顔のSさん。
おらとこの笑顔ナンバーワンでもあり、癒しのマドンナのSさん。
おらとこに戻れる日は、来るのだろうか?
私達スタッフが、逆に癒されていた。淋しいし悲しい。
私がお見舞いにあがったら、満面の笑みに、涙をこぼして喜んでくださった。
歩けないと聞いていたのに、いつもと変わらない足の運び。
看護師さんと共に、3人で少しの散歩。
「今までお見舞いに来てくれた中で、あんたが初めてだよ、泣いて喜んだのは」と、同室の患者さんの言葉。
要介護度4の認知度の進んでいるSさん。
私がどこの誰かは解らなかったろうが、いつも見ている人だ・・・と思ってくれたのであろう。
泣いて喜んでくれたということは、きっとSさんにとって居心地のいい、「おらとこ」だったのだろうなあ~と、勝手に思いたい。

成長を楽しみにできる保育所や幼稚園の現場と違い、お年寄りと共に・・・の福祉現場は、老いを見つめる仕事である。
互いに「生命」をお預かりしていることには変わりは無いが、「人生の始めと終わり」は誰にでも訪れる公平なこと。
「どこでどんな最後を閉じたいか」、私は新しい年も、悩み続けるかもしれない!!!





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